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手を合わせる

 神棚に手を合わせるのは、我が家の朝の習慣である。 女房の母が神道である以外誰も宗教に関心はないものの、毎日揃って手を合わせている。 二礼二拍手をしたのち、手を合わせ一礼するまでのわずかの時間に家族が何を考えたり祈ったりしているのかには興味をそそられる。 誰が何を考えているかを推し量ることはできないし、何かを唱えているかどうかも分からない。毎日同じことを考えたりお願いしたりしているのか、きちんと言...

硬直化

 今年の冬は例年になく厳しい。 年寄りの仲間入りが目前に迫ってくると、若いころは他人事だと思っていたことがあなどれなくなってくる。 この数年、冬になると恋しくなるのは、温泉、サウナ、マッサージである。マッサージの回数は、なぜか気温に左右されている気がしている。つい先日もゴルフ練習をしたのがたたって、マッサージに行った。揉み始めは「特につらいところはありません。」などと、当たりさわりのないことを言っ...

寿命

 還暦を過ぎていまさら人の尊厳とか命の重さを説く気にもならないが、昨今のとどまるところを知らない平均寿命の伸長には驚かされる。 長寿社会はありがたいが、急な社会の変化は老々介護、医療費、年金破たんとひずみも多い。年金受給者がこのまま増え続ければ、支え続ける世代は大変なことになると警鐘を鳴らす。しかし一方では、あまりにも急な変化が押し寄せて混乱しているだけなので、いずれ片付くという意見もある。この件...

紅葉の頃

 今年も紅葉前線が南下してくる時期となった。 一枚一枚が葉脈まで透けて見えるほど真っ赤になったモミジの葉と、木漏れ日に照らされた白樺の黄色の葉の小径を通り抜けるとき、毎年のことなのに新たな感動を覚える。 こんな紅葉の美しさを身体で感じることができる人は本当に幸せ者だ。 だが、そんな紅葉も永くは続かない。 落葉の時期、木枯らしに吹かれて舞い落ちる木の葉は都会ではどちらかと言えば厄介者だ。強くて寒い風...

ケリをつける

 「けり」 は完了の助動詞である。 古文に出てくる~しけり、~になりにけり、など。 最後に「けり」をつけることから、これにて決着がつき、ようやく終わったとなる。 ところが、最近はこの「けり」がつかないことが多くなった。 自分の性格によるところも多いかもしれないが、世の中が複雑になっていることも大きな要因だ。 自分は覚えるよりも考えることが多い人間で、人の話を聞いていても、話の中の何か一言に反応して...