一石二鳥

徒然
01 /09 2018
新年あけましておめでとうございます。

さて、ついに、平成は30年となった。あっという間の30年間だが、日本が世界のリーダーから凋落する30年とピッタリ符合している。なぜ日本が弱体化しているかについてきちんと考えることは、国民一人一人に与えられた課題であろう。

 などと面倒な議論はさて置き、何歳であろうと冬の朝はつらい。
最近悪いことを覚えてしまった。布団から身体を起こした状態で、電気カミソリで髭を剃る楽しみである。怠け者の極致というか、なまくらの成れの果てである。そう、30年前にはこんな自分の姿は、想像すらしなかった。
 ところで、電気カミソリは刃物が高速で回転や往復運動をする訳なので、T型カミソリのように速度をつけて引く必要はないのだが、どうも早く動かさなければならない錯覚に陥る。
 気が付けば、T型カミソリを同じ速度で移動させているときがあって、思いもよらず、顔に傷をつけてしまうこともある。
これは問題だと最近思いついたのが、手を動かさずに顔を動かす方法である。これだと、傷をつけるほど速く動かすことは物理的に不可能なので、安全である。
 加えて、これは、首の運動になる。手を固定したまま顔を動かすには、顔を右や左、上下に動かさなければならないので、首の準備運動を行うのと同じ姿になる。
更に、口元の髭を剃るときは、ちょうどアイスクリームを舐めるときのように、顔の動きが曲線になって、スムーズな動きを心掛けることになるし、力の入れ具合も丁寧になり、髭の当て方にも慎重になるので、器用さの回復にもつながる。

かくして、髭剃りと首の運動の一石二鳥を果たすまでの5分間は、今や有意義な一日のスタートとなるわけである。
しかし、この習慣が世間に広まるとは考えにくい。一人満足に浸っている正月の朝なのである。

睨みを利かせる

徒然
12 /05 2017
今年の日本、都知事選は、都議会のボスに睨まれていると訴えた女性候補が圧勝した。
しかし、この都知事も調子に乗って睨みを利かせた途端、子分の議員は蜘蛛の子を蹴散らしたように逃げ出し、警戒感を抱いた有権者も距離を置くことになり、散々の目にあった。

睨みを利かせるとは、目だけで勝手なことをさせないよう押さえつける訳で、本来難しいことだ。押さえがきかないと逆襲されたり、相手が逃げ出したりするのはどんな場面でも同じことだ。

政治の世界が世の中を騒がせたが、大相撲の世界も大変なことになっている。睨みを利かせても従わない若者に暴力をふるって横綱が引退となった。よく考えると、力ずくで従わせること自体が、今の時代では限界にきている。内部告発もパワハラもそうした新しい時代の産物だ。

世界を見回すとどうだろう。
睨みを利かせていたはずのアメリカ大統領は見る影もないが、プーチンは健在である。裏返せば、ロシアはまだそれができる国ということだ。
睨みを利かせることが可能な社会とは、後進国ということであり、一旦先進国の仲間入りをすると逆戻りは出来ない。
 
あとひと月足らずで平成も30年になる。また、その平成も再来年には新元号にとって代わられることが決まった。
睨みと決別し、価値観の違う人間を理解することに努め、受け容れ、そして寄り添う寛容さが未来を開く。

危険な懸垂(けんすい)

徒然
11 /06 2017
 今年の秋は気温差が大きい年だ。突然寒波が押し寄せて、前日との気温差がマイナス10℃にもなる日も珍しくない。
こんなに寒くなれば、ついつい熱燗が恋しくなる。だがしかし、いつの時代にも酒は魔物だ。

 先日、取引先に招かれて、社長とそこの若い担当者で席を囲んだ。
ビールで乾杯したが、美味しい料理が出されて、すぐに日本酒となった。

 若者は元気が良い。どれだけ飲めるのかと思うほど速くお銚子が空いてしまう。この調子ではこちらが参ってしまう。
段々と慎重になって、呑ませることに集中する。
相手が盃を口に運ぶタイミングに合わせて、注ぐ側がお銚子を持つのが極意だ。そうすれば、飲んで顔を戻すと目の前にお銚子があって、注がれざるを得なくなってしまう。
これは自分が30代の時に、お通夜の席で隣に居合わせた叔父さんから教えられたものだ。
みんなこうして先輩に飲まされて成長してきたのだ、などとひとり悦に入り、お陰で正体を失うことなくその場を切り抜けた。

 さて、ふらふら廊下から出ると、玄関前のくぐり戸に程よい高さの鴨井があった。その瞬間、もっとおもしろいことを思いついた。
「この鴨井で懸垂ができるか?」と聞いた。上機嫌になった若者はすぐに飛びついた。一回目、二回目、三回目は少し時間がかかった。「やったー」と声を上げた顔が更に紅潮していた。
 それから50メートルも歩いただろうか、背後からウェウェという唸り声が聞こえてきた。
一緒だった社長は「お前、歩道を汚すな。」と、もっと残酷なことを言い放っていた。
次の店で少し元気になったのを見計らって、「大丈夫か?」と聞いたら、平然とした表情で「懸垂のことも吐いたことも覚えていない。」といった。

危険だな!と思った。

目方(めかた)

徒然
10 /03 2017
 だれにも、「目方」が気になる食欲の秋である。
中高年にとっては、体重や重量といわれるより「目方」といわれるほうがしっくりくる。

その昔、重量は、基準となる重さの物体と計られる物を天秤ばかりにかけて、どちらに傾いているかで計測したというから、案外そのあたりの光景が、「目方」の語源かとも思う。
針がプラスに振れるかマイナスに振れるかで一喜一憂している昨今の自分は、まさに目の出方が気になるわけで「目方」といわれると、ふと緊張感が走る。

今朝のテレビで、葛飾柴又に建つフーテンの寅さん像が写っていた。
普段から目方を気にしているせいか「男はつらいよ」で、渥美清が歌う、目方~で♪男が決まるなら♪こ~んな苦労は♪というフレーズを連想してしまった。
そういえば、最初に「男はつらいよ」を観たのは、高校の冬休み。同級生の畠山と行った映画館だった。友達と映画に行くのも初めての経験だった。
画面の寅さんの身振りとセリフにお正月の映画館は笑いの渦になっている。なのに、自分は寅さんの心境になり切ってか、ぼろぼろと涙が出てしまう。その止まらない涙を畠山に見つからないように拭くことに必死だった。
「目方」で決まらないなら、何で男の真価が決まるのか。なんで自分だけこんなに涙が出てくるのかよく分からなかった。それと、寅さんの純真無垢な性格を観客と一緒になって笑う気にもなれなかった。
あれからもう50年近くにもなる。いつの間にか、寅さん以上の「目方」になったが、少しだけ分ったのは、男にも世の中にも「人情」が大切ということだ。

恋とも愛とも少し違う心の奥底にある「人情」が、せちがらい世の中の灯りとなり人間関係に潤いを与えてくれる。
人情あふれる社会は、なんと平和で健康的なことか。

秋は、人恋しさを招く。人恋しさが人情を醸成するのか、秋は、ほかの季節より少し優しくなれる気がする。
ふと自分を振り返れば、厳しい現実が待っている。いくら「人情」に厚くても、男の「目方」が減る訳ではない。

夏から秋の空

徒然
09 /05 2017
 北海道の夏は短い。ひこうき雲に気づいて空を見上げたら、低くたなびく夏雲の上空に秋の高い雲が現れていた。

 そういえば、父が世を去る前の年、病院に向かっていた車の窓から見た空も、こんなふうに夏から秋への雲が漂っていた。
父は、入院してからすっかり元気をなくしていた。元気になってほしかったが、どうすればそうなるか分からなかった。何気なく、「また元気になって、おもしろいことをやろう。」と話しかけると、「もう何にも、人の役に立つようなことは出来ない。」と返ってきた。
 父の口から素直に発せられる言葉を聞いて、月並みに「生きているだけでいいんだよ。」などと曖昧な言葉を掛けられる雰囲気でなくなってしまった。

 戦争の波にのまれ、波乱万丈の人生を生きてきた父に、「生きているだけでいい。」などという人生観は無いのだ。用の無くなった者は、死んでいくのが当然という人生観を貫くことに何の迷いも抱かない人生だったのだろう。
 山ほど苦労をしたはずなのに、苦労を愚痴ったのを聞いたことがない。何もかも、ありのままに受け容れて生きてきたこと。そんな人だった。

 そうこう思いめぐらすと、話し掛けることが億劫になって、置いてあった電気カミソリで、伸びたひげを剃ってあげたくなった。
髭の濃いのは元気なころと一緒である。力の加減が分からないものだから、他人の顔を剃るのは難しい。カミソリがゾリゾリと音を立てながら移動して、頬のあたりに来た時、父は口に息を溜めて頬を膨らませた。髭が剃りやすくなればとの私への配慮からだろう。目頭が熱くなった。この期に及んでも人に迷惑を掛けない、人の役に立つことを考えてのことなのか。話せることがもっと無くなってしまった。

空を見上げていたらそんな昔のことを思い出した。

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