ケリをつける

徒然
10 /05 2016
 「けり」 は完了の助動詞である。
 古文に出てくる~しけり、~になりにけり、など。
 最後に「けり」をつけることから、これにて決着がつき、ようやく終わったとなる。

 ところが、最近はこの「けり」がつかないことが多くなった。
 自分の性格によるところも多いかもしれないが、世の中が複雑になっていることも大きな要因だ。
 自分は覚えるよりも考えることが多い人間で、人の話を聞いていても、話の中の何か一言に反応して自分の世界に入ってしまい、そこからまた別のことを連想したり、空想したりしてしまうのだ。
 しばらく考えて、思いついたように目の前の話を聞き、それでも、何かの拍子に前に考えていたことを思い出せば、その続きを考えてしまうから、頭の中はいつも結論を出せないことや片付かないことでいっぱいになる。

 最近、「今後10年間で無くなる職業」という記事を読んだ。
 頭の中には、急に未解決の問題が増えた。タクシードライバー、農業者、レジ係、経理の事務員、銀行の融資審査係、税務や法務の資格者もその中に入っていた。
 確かに、ルーチンワークや定型的な判断と動作がほとんどといった職業は、この先ロボットにとって代わられる運命かも知れない。

 たとえば、農業者はどうなるのだろう?
 無人のトラクターが肥料をまき、畑を耕し、種を植え、草取りをし、収穫をする。ビッグデータ-から様々な条件を取り出し、計算に基づいて忠実に作業をしていくロボットのほうが技術は上になるかも知れない。
 農業労働者は転職するしか道がないのか。愛情をもって育てた作物もロボットが育てた作物も味は一緒なのか。愛情があれば美味しいなんて元々錯覚なのか。なら逆に、ロボットばかりの地球が存在するのか。人類は、地球環境の悪化によって滅ぶのか、核兵器によって滅ぶのか、はたまた少子化によって滅ぶのか。

 秋の夜長が、けりの付かないことばかりを考えてふけていくのもどうしたものか。
 かといって、ロボットにけりを付けてもらうほどお人好しでもない。
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