街路樹

徒然
07 /06 2016
季節の移ろいは早いもので、この間までまだ薄く柔らかい緑の葉をかろうじて付けていた木々が、もう深緑に変化した大きな葉を付けている。
この時期、車を運転していると毎年のように街路樹のことを考えさせられてしまう。

都市の美観の向上や直射日光をさえぎり和らぎを求める目的で植えられている街路樹は、都会の道路に溶け込んで美しい。植えられて間もない時期の街路樹は頼りなさも手伝って、誰からも慕われ、愛情をそそがれるものだ。誰もが我が子に接するように、少し頼りないこの街路樹に丈夫に育って欲しいと願うものだ。
だが、大きく成長してたくさんの濃い緑の葉を広げるようになると、「街路樹は信号機や道路標識の邪魔になる」「電線にひっかかって危ない」となる。自分もそうかもしれないが、人は可愛いものには優しいが、強いものには厳しい目を向ける。

可愛いさが無くなったものには、人はまったく残酷な仕打ちを平気で行うことがよくある。
伸びすぎた街路樹は枝を容赦なく切り落とされてしまう。充分な根を張る土地も与えずに、そうしなければ、強風に倒されるともっともらしく云う。

「子供は三歳までに一生分の親孝行をする」と言うが、小さければ、可愛ければ大事にし、可愛くなくなったらほったらかし、厳しい仕打ちをするという行動は、近年の子供やペットに対する虐待行動も同様かも知れない。

相手が木なので、街路樹に対しては虐待も気に掛からないのかもしれないが、誰かこの街路樹をどこかに移して、小さな木と植え替えてくれないだろうかとも思う。

しかし、人間様の身勝手で、こんな騒々しい場所に植えられ、受動喫煙じゃないが排ガスをたくさん吸わされて、それでも我慢してけなげに育ったかと思えば、今度は邪魔だからと手足を切り落とされるのでは、どの木が替わってもたまったものでない。
更に歳をとった樹は、身体じゅうボロボロになって危険だからといって切り倒される。
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