隠れ蓑、隠れ家、駆け込み寺

徒然
09 /22 2012
自分自身の経験に照らしても、自信がないときというのはなんとも情けないものである。ふられた直後に面接試験を受けたことがある。弱っているから大きな声も出ないし覇気がない。質問され、あれこれ考えをめぐらすが、思いついたことを口に出して良いかどうかの決断すら即座にできない。帰り道、こんなつまらない人間じゃなかったはずと思いながらも、怒りさえも沸いてこない自分にも不思議だった。自信がない人間にとっては、たった一歩を踏み出すのが大仕事だ。
「隠れ蓑」という言葉がある。実態を隠すための物や手段として使われるが、通常はその実態があまり芳しくないものが多い。「やくざがNPOを隠れ蓑にしている」とか、「宗教法人を隠れ蓑にして・・・」とか、蓑の中で身を潜めているものは、弱者を装う悪役をイメージさせる。しかし、まれに蓑の中で身を潜めている者が、気が弱く相手の顔を直視できない者の場合もある。
自信を失った人間はまさに「隠れ蓑」や「隠れ家」に身を置きたい気持ちになる。似たような例として「駆け込み寺」という表現が用いられることがある。元々は「縁切り寺」を意味した言葉だが、次第に困ったことを解決できる場所と広義に用いられるようになってきた。
入会間もない会員に今の仕事は何が多いかと聞いたとき「ボランティアを少しやっています。」と言われて複雑な気持ちになったことがある。ボランティアって仕事だったの?活動はさまざまで、価値観や目的も多様なので一概にはいえないが、余裕のない人間が自らの仕事にボランティアを位置付けることは何か違う気がした。
 たとえば、ボランティアを業務獲得のワンステップとして捉えるなら「隠れ蓑」というのか、なにも努力していない自分の逃げ場として位置付けるとしたら「隠れ家」というのだろうか?また、ボランティアで、多少の礼金や交通費等をもらって居心地の良い立場に満足すれば「駆け込み寺」となるのであろうか?
自信のない人間はつらいものだが、自分の気持ちには誠実に向き合ってほしい。資格者の商品は自分であり、その営業マンも自分である。そして、経営者も自分自身である。自分を磨くとは専門知識に限らず、というよりもむしろ「自分を丸ごと磨く」ことである。そう考えると、隠れ蓑も隠れ家も駆け込み寺も無いのであって、自分を磨くことを通して少しずつ自信をつけることが、大仕事である「たった一歩を踏み出す」基本なのである。
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優しさのお返し

徒然
09 /11 2012
昨年の6月から、開業間もない行政書士達に声を掛けて、月に1回程度の勉強会を開催している。
自分はその昔、人に使われた時も自分で仕事を初めてからも多くの先輩方に可愛がっていただいた。焼鳥屋さんに連れていっていただき、御主人に紹介してもらい、帰りのタクシー代まで出していただいた係長。こいつは将来性があるからと、飲み屋のマスターにゴルフを教えてやってくれと頼んでくれていた所長代理。韓国旅行に同伴させてもらった上に、カジノのチップまで分けていただいた社長。お昼休みにいつも誘っていただき、会社経営のコツを教えて頂いた常務。会社を辞めると言ったときに、同じ傘の中で働かないかと熱心に引き留めていただいた工場長。
想えばみんなの優しさのなかで今の自分があると思う。器用だったり不器用だったり、お金がたくさんあったり、貧乏だったり、他人より昇進が早かったり遅かったりと色んな立場の先輩がいたが、優しくしていただいた人は皆横並びだ。
これからは自分の番だというような意気込みはないにしろ、自分が何かを与えられるような人間に少しはなってみたい。このことは、相手に対してというよりも、自分にそのように優しくしていただいた先輩達に対してである。受ける側にとっては、少し迷惑かもしれないし重荷かもしれない。でも、それはいずれ分かってもらえると思う、「やっぱり不器用だったよね」と評価されてもそれは致し方ない。
勉強会の名称を十一(といち)とした。士(さむらい)という文字を分割すれば十と一になるのが由来だが、一を聞いて十を知るじゃなくて、十を聴いて一を知る姿勢も大切かと思ったりもする。ただ、一ケ月に一度の勉強会では、今にも干上がってしまいそうな新会員には物足りないと思い立ち、十日に一度のブログを発信することにした。これも十一である。
中国のことわざに「轍鮒(てっぷ)の急」というのがある。荘子が友人にお金を無心すると、友人は「これから都で一旗揚げるので、その時にお金を都合しようと」提案するが、「自分は今、洪水のあと、轍(わだち)にできたわずかな水たまりに取り残された鮒のようなものだ。」今の助けがなければ干上がってしまうのだと切り返した逸話だ。
早期の行動開始と早期の開眼がなければ、志半ばで折れてしまいそうな後輩に、もっと声を掛けてあげたい。

全員で乗り切る

徒然
09 /07 2012
本日のテーマは、「全員で乗り切る」です。まだ若い皆さんも、いずれチームのリーダーとなり、チームをけん引する立場が与えられます。

 最近、(縁があって?)痔の手術を受け、(10日間も?)入院しました。お世話になったのは、年間4,000件以上の手術を手掛けられる全国屈指の直腸肛門疾患の専門病院です。
この病院の第一の特徴は、肛門機能を損なわない治療方法の確立とそのレベルの高さで、症例数の多さが技術の向上に拍車をかけ、さらに信頼できる病院として進化し続けています。
もうひとつの特徴は、患者の羞恥心に配慮して、女性医師による女性だけの診察日を設けるなど、病院そのものが女性に対する理解の上に経営されていることです。むろんホスピタリティの大切な担い手としての女性の活用は、医療の生命線ではありますが、優秀なスタッフ陣を含めてこの病院の女性活用には目を見張るものがあります。
第一は、分業が徹底していることです。それぞれの仕事が分業されている光景はよく目にしますが、ここの特徴は、更にローテーションがしっかりしていることです。入院患者に対しては3名ないし4名の看護師が毎日交替で担当します。引継ぎがうまくできなければ逆にマイナス面が出そうですが、この点はしっかり記録を残すことで解消されております。加えて、体温・血圧・表情・動きや反応について、全て見透かされているような看護師さんたちの観察力の高さに圧倒されます。
 さらに、スタッフである薬剤師、栄養士はもちろんのこと、誰一人として手を抜いていません。掃除婦の方が部屋を掃除に来たので「少し外室しますからどうぞ」と言って、離れた休憩所で休んでおりましたところ、探しに来て「掃除終わりました」と声をかけてくれました。見て見ないふりをしないは、誠実さの基本ですがこんなことを誰もができる体質に敬意をいだきました。
話は変わりますが、我喜屋優(がきやまさる)さんは2007年より母校の沖縄興南高校野球部監督に就任し、4年後の2010年に春のセンバツと、夏の選手権の両大会で同校を優勝に導いた人物です。
本人は高校野球で活躍後、社会人野球の大昭和製紙に入社しますが、4年目に子会社の大昭和製紙北海道へ移籍となります。望まない移籍でしたが、チ-ムは雪国のハンディをはねのけ1974年都市対抗野球で、北海道勢初優勝の栄冠を手にしました。現役引退後は大昭和製紙北海道および後身のクラブチーム「ヴィガ白老」の監督も歴任、白老在住時は駒大苫小牧の香田監督の要請をうけ「雪国のチームが全国で勝つ」ためのノウハウを授け、高校野球で北海道に優勝旗をもたらした影の功労者といわれています。
この我喜屋監督の選手起用は明快です。「小さな事に気付かない人は、大きな事も成し遂げられない」「嫌なものから逃げるな」「毎日の体操やボール拾い、道端に落ちているゴミを拾うなど、誰でもできることを全力でやる選手は大きな事ができる」という。
リーダーの役目は、努力する者に光を当てることです。小さな気付きとは、観察力です。小さな違いを見逃さない注意力をもって仕事をすれば仕事のヒントも改善も見つかります。毎日の準備体操やボール拾い、ゴミ拾いがきちんとできない人間は、見られていなければ手を抜く人間です。「いやなことを進んで引き受け、見て見ないふりをしない。」チームから「ちょっと面倒なことをちょっと頑張ってやり抜くこと」が全員の習慣となること。全員の力で乗り切るとはこういうことです。このことをリーダーが自覚・実証し、そして、部下に対し明快に起用方針を伝えて下さい。
リーダーが視点を明快にし、公正に下の者を育てれば、全員が理想の社員になります。

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P・R・O行政書士法人の
代表社員・深貝亨のブログ