【 いちご狩り 】

徒然
06 /15 2018
この歳になっても、年に何回か頭をかすめる子供時代の苦い思い出がある。

確か小学2年生のことだ。
夏の学校の帰り道、同じ方向に帰る同級生5人、誰かが近くの畑にイチゴがなっていると言い出した。誰が言い出したわけでもないのに、全員がイチゴ泥棒を決めていた。
イチゴは、農家の自家用に植えていたもので、まだ完熟していない少し青みがかった状態だった。だがそんなことはお構いなしで、酸っぱそうなものを避けて赤くなっているものを必死で探して食べた。

特に罪悪感もなく、おいしそうなイチゴ探しに没頭していたその時、誰かが「来た。」と低い声で言った。
みんなは、蜘蛛の巣を蹴散らしたように、必死で逃げた。頭の中は空っぽで、とにかく一目散で逃げた。
畑と畑の間の道を夢中になって走った。途中から他の連中は左に逃げたが、自分は、目に入ったとうきび畑を目指して右手に折れた。走って走って、もう大丈夫だろうととうきび畑の中に身を潜めた。心臓の動きは耳に聞こえるほどの音を立てているし、吐いた息よりも吸う息の方が多くてゼイゼイ音を立てていた。
でも何とか、自分だけは捕まらなかったという安心感と、高いとうきびの丈が太陽の光を遮って少しだけ涼しかった。
とても長く感じたが、わずか3分間位の出来事だ。

だが、閉じていた目をゆっくり開いて前を見たとき、その目に飛び込んできたのは、大きな長靴の先だった。
一貫の終わりだった。一瞬殴られるかと思った。
しかし、次の瞬間そのおじさんが発した言葉は意外だった。「お前どこの子だ」それだけだった。
短い沈黙があった。「ふかがいです。」と答え「ふん」と言われた。
全くふがいなかった。
おじさんがうちの親を知っているのかどうかも分からなかった。適当に誰かの名前を言ってしまおうかとも考えたが、それは田舎で暮らす人間には通用しない。そんな卑怯な奴の一人に数えられたくなかった。

その年は、いつ学校の先生に呼び出されるか親に問い詰められるか不安で仕方がなかった。
共犯の同級生も、あのあとは、誰一人そのことに触れなかった。

路地もののイチゴを見かけるこの時期、ましてやいちご狩りの看板に遭遇すると、もう何十年も前の放課後のことを昨日の事のように思い出す。
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【 依存症 】

徒然
05 /15 2018

 世間で、芸能人のアルコール依存症が取り沙汰されている中、このテーマは、いささか嫌な雰囲気を連想させるものの、過去の経験から少しお話を進めたいと思います。

 依存症とは、やめたくてもやめられない状態になることだ。
では、やめられる人とそうでない人は何が違うのかというのが問題の本質ということになる。

 若い時分に先輩たちに飲まされて、原液がなみなみ注がれた大きめのグラスを一気に飲む同僚を見て、「あいつ狂っている。」と耳打ちしていたのに、自分の番になったらなんか飲めそうな気がして、一気に飲み干してしまったウィスキー。
即座にトイレに駆け込んで、吐くものが無くなるまで便器に顔を突っ込んで、もう酒は飲まないと決心したこと。
 もう一回もう一回と球を交換して、最後には帰りのバス代の百円玉までも交換して、全て無くなるまで負けたパチンコ。もう二度としないと心に誓って、トボトボ歩いて帰った道のりの暗く長かったこと。
 予想した馬券を買いに行く途中の地下鉄の中、隣の席で予想をしているオジサンの赤鉛筆の数字をみて、一点だけ買うのをやめた馬券が的中してしまった競馬。自分のふがいなさと運の無さに落胆し、もう絶対馬券は買わないと心に決めた帰りの地下鉄。

 依存症に陥る人の特徴は、こうした苦い経験を積んでも、それを上回るような自信のある人が多い。小心者は、賭け事ならまず「負けたらどうしょう」「きっとまた負けるに違いない」というフレーズが来る。お酒なら「酔って前後不覚になったらどうしょう」「身体を悪くしたらどうしょう」「寝過ごしたらどうしょう」といった具合である。
 依存症に陥る人のフレーズは、「負ける訳がない」「今度こそ勝てる」となり、「酒は酔うために呑むもの」「酒ごときが飲めないようではろくな仕事は出来ない」となってしまう。
 
 ここまで書き進んで、そうして自分を振り返ってみると、ギャンブル依存症には絶対にならないが、アルコール依存症には、ひょっとして既になっているかも知れない??
 春の陽気につられて、気が大きくならないよう一年一年が勝負、というよりも、一日一日が気を抜けない年頃かとも思う。

 酒は魔物だ。

青春の旅立ち

徒然
04 /09 2018

春は、出会いの季節だ。新しい年度がスタートして、人の移動があり、別れもあるが、新しい出会いも生まれる。
新年度、進学されたり、就職されたりした若者に一言申し上げたい。

私の持論は、組織に所属するならむしろ鶏口牛後(けいこうぎゅうご)である。大きな集団の尻にいるよりも、小さな集団であっても長となるほうがよいということである。
回りを見渡せば、先生とそりが合わず内申のせいで志望校を下げた高校生や、面接に落ちて自信喪失になっていたせいで中小企業に就職した社会人など、どちらかといえば不本意な選択を余儀なくされた人が大勢いる。彼らは、偶然にも鶏口牛後となった訳である。意識せずの選択だが、彼らのその後は、しかし、決して不幸にはなっていない。
レベルを下げて入った学校や、妥協して入社した職場であっても、鶏の口ばしに立つこととなり、先生、先輩や同僚の期待が自分に向けられる。誰もが人生に目標を見出せないでいる思春期に、周囲の期待に応えるのは大変なことも多い。
でもこれをやり続けることで、否が応にもリーダーシップが身につく。

最近、スポーツでは、成長期にこそ基礎体力をつけろと言われるようになってきた。選手生命を考えるなら、この時期に身体を鍛えておかなければ、後々、練習をしようにも練習に耐えられないからである。
このことは、組織人に置き換えても同様である。人間力を磨くのも成長期しかない。この時期に人の上に立った経験が無いと、いざ必要となっても間に合わない。また、一度リーダーとなった人間は、いつどこでもリーダーに推されやすく自ずとレベルが上がっていく。

近年の学校教育は、ボランティアへの誘導には熱心なものの、リーダー育成には消極的だ。
しかし、いつの時代も優秀なリーダーがいない社会は滅びる。学校教育は、教育のほとんどがAIに置き換わってやっと人間形成に向かうのかもしれないが、今は社会が、人を、リーダーを育成しなければならない。
自分のやりたいことが判らず悶々としている暇はない。
将来が見えなくとも、いや、将来が見えない者同士だからこそ、人の面倒を見たり声を掛けたりしなければならいのである。
 
不本意にも、第一志望に通らなかった君にこそ、今チャンスが巡って来ていることを意識して、甘酸っぱい青春の志を永く持ち続けて欲しいと思う。

出生地

徒然
03 /08 2018
今年の春は、一人前になるのに時間がかかっている。
「節分過ぎれば日が昇る」どころか、ひな祭りを過ぎても各地で寒い日が突発する。
前回のブログテーマ「原産地」からすると、暑い寒いの天候もその土地の特徴ということなので、
長い目で見ればそこで育つ人種の特徴に影響を与える程度のことなのだろう。

普段自分は、出身地北海道旭川市と公開しているが、本日のテーマ「出生地」となれば、話は別だ。
家や病院など、どこで生まれたかを親や親族が役所に届け出た内容が戸籍に登載され、その場所が出生地ということになる。

自分は、当時の自宅で生まれ、その当時の住所北海道上川郡江丹別村と父が届け出たと記載されている。
周りを山々に囲まれた盆地なので、この場所はとにかく寒い。
石狩川支流の2級河川、江丹別川流域の狭い土地に、終戦で帰還した人々や食糧難で都会から流れてきた人々が
へばりつくように点在している文字通りの部落だった。
酒飲みの祖父も父も人の集まるのが大好きで、粗末な家によく親戚の人や部落の人が集まって呑んでいたものだ。
大人の酒の席で、祖父さんの胡坐の中に座らされていたのが4歳位で、最初期の頃の記憶として残っている。
「酒を飲むなら、とことん飲め。」「酒を飲んで酔わないやつは、隠し事のある人間だから信じるな。」「男は酒が飲めて一人前だ。」
と、ここが自分の「原産地」で、これが自分の原体験だ。
今にして思えば、酒飲みは自分たちが飲みやすいよう、全く根も葉もない論理を振りかざして呑んでいたわけだ。

こうした生活を素直に継承して、正体をなくすまで呑んでいる自分は、紛れもない「生活習慣病患者」であり、
「アルコール依存症患者」でもある。
酔いつぶれることを美学とする教えの間違いに気づき、酔いの時間を楽しむ美学があることに気づいたのが最近。
だが、時すでに遅し。酔えば酔うほど、出生地に回帰してしまう。

原産地の特徴はそう簡単に薄まることはない。

原産地

徒然
02 /05 2018
今月16日は春節(旧正月)である。
アジア圏は、正月をふるさとで過ごそうとする人や、大型連休を海外で過ごそうとする人たちの大移動がすでに始まっている。 鮭鱒類の産卵川への回帰と繋がるのであろうか、人々のふるさと回帰の本能は、時代が進んでも衰えを見せない。

話は変わるが、近年、我が国では漢方薬が注目され、薬草栽培が盛んになっている。
先般、薬草栽培を試みたものの、薬効成分が基準に達しないため苦戦している事例があるとの話題になった。
ひとりが、薬草は原産地が抜きでは語れないと言い出した。彼が云うには、原産地の土壌、気候といった環境と合致しないと、いくら上手に栽培をしても、薬草の効能は期待できないということだ。一同納得であった。

漢方薬は漢方というくらいなので、原産地は漢王朝に由来しているのだろうが、広大な国の気候を、ひとくくりで語ることはできないわけで、詳細な原産地の生育環境分析が欠かせない。
大地に大きく根を張り、その自然環境に適しているから、新品種が生まれる訳で、いくら薬草という名であっても、大事に栽培された植物に薬効成分を期待するのは無理というものだ。

さて民族も、そうした特色を良く検証して付き合うことが肝要だ。様々な気候を含む、多民族国家を形成していれば、無論国民性を一言で語ることは出来まい。
春節のこの時期にふるさとを目指す人々は、原産地に回帰することによって、原産地に居る安心感と帰属意識を取り戻す。原産地の特徴はそう簡単に薄まることはない。

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