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【 渡り鳥 】

徒然
01 /16 2019
初夢を意識しなくなって、もう何年にもなる気がする。
正月2日に見る夢、一富士二鷹三茄子とかいう言葉も、もうしばらく口にしていない。時代の変化だろうか、現実の変化に目を奪われるばかりで、夢を見ているほど暇じゃないということか。
ならば、新年に、新たな夢を今一度確認するくらいは悪くはないだろうということで、今回のテーマとなった。

最近、頭の中に浮かんでくる夢は、夏は北海道、冬は沖縄の渡り鳥生活である。自然界において、日本は有数の渡り鳥の経由地である。
北のロシアシベリアや、南の東南アジア方面からと、何千キロもの大空に隊列を組み日本にやって来る。群れなして飛ぶ渡り鳥の隊列は圧巻であるが、日本人が隊列を組んで大移動するようなそんな大がかりな構想はまだ持ち合わせていない。
まずは、私の国内のささやかな移動で充分なのだ。
先日、江丹別で最低気温、氷点下29.8℃を記録した、この寒さは年寄りにはこたえる。12月、沖縄に旅行した際の最高気温はなんとプラス25℃どうなっても不思議ではない国内の気温差である。

元々、物欲が少なく、性格的にも拘りの少ない自分は、引っ越しも簡単だ。何に対しても拘りの少ないほうなので、移り住んだ地でのストレスも少ない。
古い話で恐縮だが、小林旭の渡り鳥シリーズやフーテンの寅さんにむしろ憧れる。地方都市のスナックで酒を飲みながら、昔話に花を咲かせ、居合わせた方々と酒を酌み交わし、暫くするとその渡り鳥が北へ帰る。ふらりと現れてふらりと姿を消す。今年は無理でも、近いうちには何としても実現したい夢のような現実の話である。

世界中が目指す働き方改革の究極も同様なのだと思う。最後は、仕事に拘束されなくとも済む生活のあり方なのだと思う。
成果さえ上げれば、働く場所も働く時間も自由であって良い。
「かもしれない運転」は、危険が潜んでいるかも知れないという事故を想定しての意味に使用されているが、「かもしれない仕事」は、どこかの地で成果や幸福に巡り合えるかも知れないというポジティブな可能性を追求して移動する。

皆さん、いずれ大移動をしてみませんか?


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【 働き方改革 】

徒然
12 /13 2018
日本が直面している「働き方改革」は、あらゆる分野に拡散している。

政府は、労働人口の減少を解消する方策の延長線上で改革の必要性を訴えるが、現場を預かっている者からすると、優秀な従業員をいつまでも、どこまでも、確保しておくと捉えたほうが分かりやすい。
多くの経営者は、大手広告会社の過労死や宅配事業者のブラック化を他人事とは思えないほど危機感を抱いており、この危機感に押されて改革に取り組まざるを得ないのが実情だ。

辞めて20年にもなる女性職員が久々に顔を見せた。
思えばずいぶん苦労をさせた。19歳で入社して、結婚しても同様に働いてもらったが、子供ができて辞めてしまった。会社もそういう時期だったし、社会もそういう時代だった。
その職員に限らず、幾人もの従業員が同じように出産を機に会社を去って行った。
半ばそれが当たり前のような風潮で、「この会社は子供ができたら働き続けるのは無理」という空気だった。長時間労働と仕事のきつさが大きな負担になっていたが、それを乗り超えるのが自分たちの使命だと納得して日々の仕事に取り組んでいた。
そんな時期だった。

最近、単純作業がどんどん機械化されるのを目の当たりにして、こんなに簡単にできることに身体を張っていたのかと虚しさが広がってきた。なんと勿体ないことをしていたのかという後悔の念が頭をよぎる。
産休や育休に配慮して最大3年間勤務時間帯を変更や短縮できる制度を設けたのは、ラッシュアワーの回避も目論んでのことだった。子供が二人になり、保育料がかさむ従業員を救済するために在宅勤務の制度も創った。定年の制度が、実は辞めてもらいたい人を辞めさせる仕組みだと気付いて、急に空しくなって廃止した。早く帰れる者を増やすことで残業も激減した。有給休暇のまとめ取得には、これから手を付ける。

すべては、去って行かざるを得なかった者へのお詫びと罪滅ぼしが原点だ。
後進国から先進国に飛躍的成長を遂げた陰にこうした犠牲があったことを教訓としない企業は存在価値がない。
一昔前なら「どうすれば楽に働けるか」と聞けば、逆に「楽をしようとするな」と返ってきた。
だが、時代は一変した。
国を挙げてAIとIT化に本気で取り組み、人工知能を活用することによって、それぞれに応じた働きで成り立つ社会を目指すこと。この道を目指し続けることこそが国にとっても、企業にとっても重要だ。

楽をさせてあげられなかった従業員を思うと、働き方改革は当然のことだ。
去らざるを得なかった者への感謝の気持ちを糧に何があっても乗り切る覚悟だ。

【 やられた 】

徒然
11 /08 2018
酒が入れば誰もが多少は気が大きくなる。

この間もいい気分になっていた。
少し遠いが新橋駅前のホテルまで歩いて帰ることにした。
少し肌寒く感じるこの時期だが、夜道を歩くのもたまにはいいもんだと心が弾んだ。

そう思っていたら、アジア系の若い女性が「お客さんもう一軒飲んでいかない?」と近寄ってきた。「ダメダメもう飲み過ぎ。」「もう帰るから。」と言って振り払おうとするが、中々しつこい。すると顔つきの似た女性がもう一人、歳も同じくらいの女も付いてきて、今度は「マッージに行かない?」「お願い、少しでいいから。」と言い寄って来た。
そりゃあもっと若いころなら、この手の誘いに心が動かされたこともあったかもしれないが、こんな歳でこんなに酒を飲めば心も身体ももう限界だ。
ひとしきりやり取りがあって、諦めたのか二人は離れて行った。その間5~60メートルだった。

その気もないと言ってるのに、あまり触られたので、不審に思い、思わずバッグの中を見た。半開きになっているファスナーから、バッグの内ポケットに入っている財布が見えた。良かった、無事だ。
「もっと有望な、若い奴に声を掛けないと、いつまで経ってもお客は捕まらないだろう。」などと、ぶつくさ独り言を言いながら、ホテルの隣にあったコンビニに入った。
健康ドリンクとミネラルウォーター手に取って、レジでお金を払おうとして驚いた。

「やられた」と思わず声をあげてしまった。
店員が目を丸くして「大丈夫ですか?」と聞いてきた。財布の中身が無いのだ。
明日も飲み会が入っていると、前の店はカードを切っていた。こんなことなら現金で払えばよかったと、訳の分からないことを後悔した。

そうだよな、奴らは、間違っていない。
そんなに若い奴に声を掛けても持ち金は少ないし運動神経も勝っているから、気づかれたらおしまいだ。万一バレてしまって逃げるとなっても年寄りならリスクが小さい。きちんと相手を検証している訳だ。
なんだ、そういうことか?まだ声を掛けられるのは有望だと思っていたが目的が違うのだからお話にならない。

よく考えれば、まだ他にも仲間がいたかもしれない。
カバンから財布を抜いて、その中からお札だけを抜き取る時に見つかってしまえば言い逃れができない。この仕事を一人でこなすのは至難の業だ。たとえ、カバンに戻す時であっても発見されたらおしまいなので、付近の人の動きにも気を配らなければならない。常習性があれば、警察も目を付ける。用意周到になるのは当然だ。

そんな奴らから狙われていたのかと思うと情けなくなる。

今年の冬は寒さが一層身に染みるようだ。


【 釧路の夜 】

徒然
10 /12 2018
この時期の釧路はいいなあ、街全体がしっぽりと霧に包まれて、人の顔がみな色白に見える。

肌寒さは、誰にも人肌の恋しさを思い出させる。石川啄木に思いをはせ、富士見の高台から釧路川を見ながら出世坂を降りてくる。霧で煙る幣舞橋を渡って街に入れば、すぐに「炉ばた」の看板が目に入ってくる。
この時期、北でとれる魚の味は格別だ。太平洋やオホーツクでとれたサンマ、キンキ、ホッケ、鮭とどの魚も冬に向けて一番脂をつけるからだ。
大きな火鉢に、いくつかの炭のかたまりが置かれる。まだ火の起きていないもの、勢い良く真っ赤になったもの、すでに燃え尽きそうな炭もあって、その上に火鉢いっぱいを覆う大きな網が載せられた。
年季の入った女将は、火の勢いと魚の大きさや種類を見て一番良さそうな場所に魚を置いた。焼け具合を見て魚を返すタイミングと炭の火力を見てどの場所に魚を移動させるかが、店の勝負になる。
口数の多い女将も多いが、ここの女将は口数が少ない。どこの店もみな常連に支えられているのが微笑ましい。ぬるい燗酒を舐めながら舌鼓を打つ時間は最高だ。友人との話はどうでもよくなる。

「炉ばた」を出て駅前のほうに進むと飲み屋の数が増えてくる。
かつて北洋漁業の基地として栄えた頃は、漁師が北洋から帰ってくれば、ほかの客は逃げるように店を出て行ったそうだ。
豪快な酒飲みを相手にした人情味あふれる酒場で、その人情のお裾分けに期待して、エレベータを降りてスナックのドアを開ける。
残念ながら最近はどこもカラオケ全盛で、この店も全国のどこぞの飲み屋さんと変わらぬ店内風景である。一見さんが人情のお裾分けにあずかるのは難しいのは全国に限らず万国共通だ。しかし、料金が極めてリーズナブルなのは、釧路のママさんならではだ。

さて、そろそろ帰ろうかと思ったが、釧路にはもう一つ忘れてはならない名物があった。イワシ寿司である。近海で上がったイワシを捌いて出せるのもこの時期の釧路限定である。
板場にはこれまた年季の入ったに大将が、テフロン加工のようにくっつかなくなった掌で手際よく客の注文を握る。年寄りの多い釧路では、「板前さんは二人合わせて100歳にならないと本当の味が出せない。」という説があるそうだ。辛口の酒で、少し強い脂を溶かしながら小さな握りを口に運ぶ、うまい。さっきも話した「どうでもいい話」に花が咲く。

AIだの、ITだの見えない敵に翻弄されうっとうしい昨今だが、飲む酒はいつまでも旨くあってほしい。
ここも勘定は安い。何としても釧路に行かねば。

【 シャレにならない 】

徒然
09 /10 2018
 台風21号が駆け足で列島を駆け抜けたと思ったのも束の間、北海道で未曾有の地震が発生しました。

震源地付近の大きな土砂崩れが民家を襲い、多くの犠牲者が出てしまいました。加えて震源地近くの発電所が罹災し、大規模な火力発電設備がダウン、連鎖で全道が停電に陥りました。
震源地から少し離れた札幌市は、都市型の被害に襲われました。清田区や隣の厚別区で道路や宅地の陥没、液状化現象が起きました。また、その道路の下にある水道管が破裂し、付近を中心に大規模な断水となりました。
震源地厚真町や安平町の災害と札幌市の災害は少し様子が違います。

報道されませんでしたが、札幌では地震の前の台風21号が風速30メートルにも及び、ゴルフ場や公園で多くの倒木が出ました。幹の中間で折れている樹木もありますが、多くは根本からひっくり返っています。さらに観察すると、風の強さ、方向もさることながら、倒木は火山灰地に集中していることが見えてきます。また、倒木は、高台よりも少し低い土地のほうで確立が高くなっています。災害を大きくしているのは、埋め立てられた火山灰であることが見えてきます。

札幌市で家が傾き危険とされた中の一軒が、弊社のOGの家でした。
働き者の彼女は、結婚しても共稼ぎを続け、やっとの思いでローンの返済を終えた頃だと思います。「危険立入禁止」の赤紙を貼られて、親戚の家に身を寄せたそうです。
若気の至りで、元の地形を調査することも、埋め立てられた土が火山灰であったこともさほど気にせずに、夢のマイホームを手に入れたものです。札幌市から、100万円の見舞金が支払われたと聞きましが、やるせない気持ちが手に取るように伝わってきました。
 広島県でも同様の被害が出ています。住宅分譲は、高低差をならして平らな団地を形成します。高い部分の土を低い土地に押して高低差を解消しますが、こうして盛られた土地がいかに脆弱かは推して知るべしです。
いわば人災ですが、瑕疵責任を問える期間はとうに超えており、行き場のない怒りは、怒りを通り越してへらへら笑うしかないのかとも思います。全くシャレにならない庶民の生活がそこにあります。

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