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【 やられた 】

徒然
11 /08 2018
酒が入れば誰もが多少は気が大きくなる。

この間もいい気分になっていた。
少し遠いが新橋駅前のホテルまで歩いて帰ることにした。
少し肌寒く感じるこの時期だが、夜道を歩くのもたまにはいいもんだと心が弾んだ。

そう思っていたら、アジア系の若い女性が「お客さんもう一軒飲んでいかない?」と近寄ってきた。「ダメダメもう飲み過ぎ。」「もう帰るから。」と言って振り払おうとするが、中々しつこい。すると顔つきの似た女性がもう一人、歳も同じくらいの女も付いてきて、今度は「マッージに行かない?」「お願い、少しでいいから。」と言い寄って来た。
そりゃあもっと若いころなら、この手の誘いに心が動かされたこともあったかもしれないが、こんな歳でこんなに酒を飲めば心も身体ももう限界だ。
ひとしきりやり取りがあって、諦めたのか二人は離れて行った。その間5~60メートルだった。

その気もないと言ってるのに、あまり触られたので、不審に思い、思わずバッグの中を見た。半開きになっているファスナーから、バッグの内ポケットに入っている財布が見えた。良かった、無事だ。
「もっと有望な、若い奴に声を掛けないと、いつまで経ってもお客は捕まらないだろう。」などと、ぶつくさ独り言を言いながら、ホテルの隣にあったコンビニに入った。
健康ドリンクとミネラルウォーター手に取って、レジでお金を払おうとして驚いた。

「やられた」と思わず声をあげてしまった。
店員が目を丸くして「大丈夫ですか?」と聞いてきた。財布の中身が無いのだ。
明日も飲み会が入っていると、前の店はカードを切っていた。こんなことなら現金で払えばよかったと、訳の分からないことを後悔した。

そうだよな、奴らは、間違っていない。
そんなに若い奴に声を掛けても持ち金は少ないし運動神経も勝っているから、気づかれたらおしまいだ。万一バレてしまって逃げるとなっても年寄りならリスクが小さい。きちんと相手を検証している訳だ。
なんだ、そういうことか?まだ声を掛けられるのは有望だと思っていたが目的が違うのだからお話にならない。

よく考えれば、まだ他にも仲間がいたかもしれない。
カバンから財布を抜いて、その中からお札だけを抜き取る時に見つかってしまえば言い逃れができない。この仕事を一人でこなすのは至難の業だ。たとえ、カバンに戻す時であっても発見されたらおしまいなので、付近の人の動きにも気を配らなければならない。常習性があれば、警察も目を付ける。用意周到になるのは当然だ。

そんな奴らから狙われていたのかと思うと情けなくなる。

今年の冬は寒さが一層身に染みるようだ。


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【 釧路の夜 】

徒然
10 /12 2018
この時期の釧路はいいなあ、街全体がしっぽりと霧に包まれて、人の顔がみな色白に見える。

肌寒さは、誰にも人肌の恋しさを思い出させる。石川啄木に思いをはせ、富士見の高台から釧路川を見ながら出世坂を降りてくる。霧で煙る幣舞橋を渡って街に入れば、すぐに「炉ばた」の看板が目に入ってくる。
この時期、北でとれる魚の味は格別だ。太平洋やオホーツクでとれたサンマ、キンキ、ホッケ、鮭とどの魚も冬に向けて一番脂をつけるからだ。
大きな火鉢に、いくつかの炭のかたまりが置かれる。まだ火の起きていないもの、勢い良く真っ赤になったもの、すでに燃え尽きそうな炭もあって、その上に火鉢いっぱいを覆う大きな網が載せられた。
年季の入った女将は、火の勢いと魚の大きさや種類を見て一番良さそうな場所に魚を置いた。焼け具合を見て魚を返すタイミングと炭の火力を見てどの場所に魚を移動させるかが、店の勝負になる。
口数の多い女将も多いが、ここの女将は口数が少ない。どこの店もみな常連に支えられているのが微笑ましい。ぬるい燗酒を舐めながら舌鼓を打つ時間は最高だ。友人との話はどうでもよくなる。

「炉ばた」を出て駅前のほうに進むと飲み屋の数が増えてくる。
かつて北洋漁業の基地として栄えた頃は、漁師が北洋から帰ってくれば、ほかの客は逃げるように店を出て行ったそうだ。
豪快な酒飲みを相手にした人情味あふれる酒場で、その人情のお裾分けに期待して、エレベータを降りてスナックのドアを開ける。
残念ながら最近はどこもカラオケ全盛で、この店も全国のどこぞの飲み屋さんと変わらぬ店内風景である。一見さんが人情のお裾分けにあずかるのは難しいのは全国に限らず万国共通だ。しかし、料金が極めてリーズナブルなのは、釧路のママさんならではだ。

さて、そろそろ帰ろうかと思ったが、釧路にはもう一つ忘れてはならない名物があった。イワシ寿司である。近海で上がったイワシを捌いて出せるのもこの時期の釧路限定である。
板場にはこれまた年季の入ったに大将が、テフロン加工のようにくっつかなくなった掌で手際よく客の注文を握る。年寄りの多い釧路では、「板前さんは二人合わせて100歳にならないと本当の味が出せない。」という説があるそうだ。辛口の酒で、少し強い脂を溶かしながら小さな握りを口に運ぶ、うまい。さっきも話した「どうでもいい話」に花が咲く。

AIだの、ITだの見えない敵に翻弄されうっとうしい昨今だが、飲む酒はいつまでも旨くあってほしい。
ここも勘定は安い。何としても釧路に行かねば。

【 シャレにならない 】

徒然
09 /10 2018
 台風21号が駆け足で列島を駆け抜けたと思ったのも束の間、北海道で未曾有の地震が発生しました。

震源地付近の大きな土砂崩れが民家を襲い、多くの犠牲者が出てしまいました。加えて震源地近くの発電所が罹災し、大規模な火力発電設備がダウン、連鎖で全道が停電に陥りました。
震源地から少し離れた札幌市は、都市型の被害に襲われました。清田区や隣の厚別区で道路や宅地の陥没、液状化現象が起きました。また、その道路の下にある水道管が破裂し、付近を中心に大規模な断水となりました。
震源地厚真町や安平町の災害と札幌市の災害は少し様子が違います。

報道されませんでしたが、札幌では地震の前の台風21号が風速30メートルにも及び、ゴルフ場や公園で多くの倒木が出ました。幹の中間で折れている樹木もありますが、多くは根本からひっくり返っています。さらに観察すると、風の強さ、方向もさることながら、倒木は火山灰地に集中していることが見えてきます。また、倒木は、高台よりも少し低い土地のほうで確立が高くなっています。災害を大きくしているのは、埋め立てられた火山灰であることが見えてきます。

札幌市で家が傾き危険とされた中の一軒が、弊社のOGの家でした。
働き者の彼女は、結婚しても共稼ぎを続け、やっとの思いでローンの返済を終えた頃だと思います。「危険立入禁止」の赤紙を貼られて、親戚の家に身を寄せたそうです。
若気の至りで、元の地形を調査することも、埋め立てられた土が火山灰であったこともさほど気にせずに、夢のマイホームを手に入れたものです。札幌市から、100万円の見舞金が支払われたと聞きましが、やるせない気持ちが手に取るように伝わってきました。
 広島県でも同様の被害が出ています。住宅分譲は、高低差をならして平らな団地を形成します。高い部分の土を低い土地に押して高低差を解消しますが、こうして盛られた土地がいかに脆弱かは推して知るべしです。
いわば人災ですが、瑕疵責任を問える期間はとうに超えており、行き場のない怒りは、怒りを通り越してへらへら笑うしかないのかとも思います。全くシャレにならない庶民の生活がそこにあります。

〖 甲子園球場 〗

徒然
08 /07 2018
高校野球全国大会が開幕した。
夏の風物詩となって久しいが、今年は、100回の記念大会とのこと、どんな野球ドラマが生まれるのか、大いなる盛り上がりが期待されるところだ。

 ただ、今年の夏は手放しでは喜べないほど多くの災害と猛暑が日本列島を襲った。
猛暑は大会開催中も観測史上の最高値を更新中である。
この猛暑の中、プレイする選手たちの健康状態が気になる。
甲子園で戦える興奮は、選手の暑さや汗に対する感覚を奪って余りあるが、試合に臨む選手、応援団に一体どれだけの負担がかかるのかと不安になる。フェアプレイ、熱血称賛、スポーツマン精神を持ち出して、汗とホコリにまみれた青春の一コマを煽る風潮も依然健在ではあるが、エースピッチャーが熱中症で病院に運ばれるような場面や選手生命を絶たれる事態になる前に主催者は策を講じるべきと思われる。

甲子園は高校野球の聖地である。いきなり、東北や北海道に球場を移すのは、いささか性急すぎるが、ドーム化すれば一気に解決する。ただ、ドーム化するには想像以上の困難が待ち受けているのだろう。
衆知を結集してこの問題に取り組むべきだと考える。日本列島の温暖化は、今後も加速度的に進行する。異常気象のリスクも同様に高まる。

人類の選択肢は、寄って立つ地球の動きに左右されるので、必ずしも人類の計画通りに進むとは限らない。
科学の進歩が勝り、人類が地球環境を変えられるのか?それとも、地球環境はこのまま変化を続けるものの、人類が地球環境に対応できる生物に進化できるのか?更には、そうした課題に左右されず、世界中どこからでも仕事ができ、地球上のどこででも自由に生活できる新しい社会が登場するのか?
人類の人口が減少するようになれば、地球温暖化は止まるのか、仮に気温50度でも平気で生活できる身体に進化するのは少なくとも親子三代は必要だろう。IT・AIが頭を使う仕事を担い、人がクリエイティブな思考を仕事にするのにはどの程度の歳月が必要なのか。生活様式の変化が案外早く訪れるかもしれない。

ただ、甲子園大会はバーチャルでは開催できないし、猛暑も納まる様子はない。
甲子園球場の課題解決は、喫緊の課題なのである。


20180807

【 酒呑み天下泰平 】

徒然
07 /17 2018
雪見酒、花見酒ならいざ知らず、年中、酒に関するブログしか書けない自分が情けない気もするが、今回は、高価な日本酒を頂いた際の心模様について書かせていただきたい。

自分は、家で晩酌をする習慣を持ち合わせていない。だが、高価なお酒を頂いて、いつ、どこで飲もうかという算段になると、この習慣そのものに疑念を抱いたりもする。
自分だけで飲もうか、何かの機会に仲間達の集まるお店に持って行って振舞おうか、それとも、自宅か親類に人が集まる時に開けようようかと様々な場面を思い浮かべてしまう。特に、しぼりたてや原酒など火入れをしていないお酒は、ふたを開けなくとも発酵が進むので早く呑まなければならず、選択肢は限られる。
良い酒は、ゆったりと、舐めるように飲み始めるのが美味いに決まっているとはいえ、自分は、家で夕食を摂ることがほとんど無いので、自分だけでゆっくり酒を呑むことはほとんどあり得ない。

一方、外は外で、仲間たちで勢いよく飲み始めると、とりあえずビールで乾杯ということになってしまう。元来、酒は、美味さを味わいゆったり呑めば良いのだが、宴会の勢いで最初から日本酒を飲み始めては、最後まで持たないことは、何度もの経験で実証済みだ。

では、自宅や親せきで、人が集まる時に提供するのはどうかというと、そうした機会は最近めっきり減ってしまったので、この宴会用にとって置くには、賞味期限が短すぎる。
ならば、何かの行事の際、景品として提供すれば良いとも思うが、誰に当たるか分からないのでは、贈って頂いた方の厚意を無にしてしまうようで勿体ない。

要は、そう簡単には他人に呑ませたくはないのだ。深層には、どこか独占したい私欲が潜んでいるか、他人に美味い酒を飲ませたくない心の卑しさがあるのかもしれない。美味しい酒は独占したいものの、すぐには酔っ払いたくない、かといって他人だけに簡単に飲ませるようなことは御免だ。
酒飲みの葛藤は、賞味期限ぎりぎりまで続き、その間、高級日本酒は、一番おいしい時期が無駄に費やされている。決断力の欠如と我欲が、確実にお酒の味を落としているのである。

だが、そうしたことに動じず反省もしないのが、酒飲みの酒飲みたる所以である。
表面張力で盛り上がるほど、なみなみと注いたお猪口を卓に置いたまま、手も触れずに口から近づけて呑みにいって、一口すすればそれまでの葛藤も決断力の欠如もすっかり忘れて、上機嫌になる。
全く酒飲みは、天下泰平である。
お酒ほど効く薬もなければ、お酒ほど大切な友人もいない。

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